現代インドの社会変動、文化変動、宗教変動
現代インドを知ろうとするとき、社会や文化、宗教の変動にも つねに目配りをしておきたい。
なぜなら、、、
- 社会や文化、宗教は その地域の変動を写しだす最良の鏡であるから。
- インドとの付き合いは中長期的なビジョンが必要である。じっくり腰を落ちつけて、インド人、インド社会、インド国民国家とつき合う覚悟と準備がなくてはならない。その際、社会や文化、宗教についての見識は、ゼッタイ不可欠である。
何も筆者(近藤)が 宗教学者であるから こういったことを言うわけではない。
本当にそうなのだ。
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ということで、次の本の一節を紹介したい。
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つづきあります ↓
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インド哲学者の宮元先生の著作。
1990年代半ば、経済自由化がはじまって間もない頃のインド社会(とくにプネー、ムンバイー、マハーラーシュトラ州)のスケッチ。
2000年代半ばの現時点とは、もうかなり違うところもある。
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典拠: 宮元啓一『インドびっくり箱』花伝社,1998年,91-94頁.
| インドはびっくり箱 著者:宮元 啓一 |
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以下引用
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最近、インド人の宗教心の篤さに、ばらつきが目立ちはじめた。農村の人よりも都会の人、ベンガル州よりしもマハーラーシュトラ州の人といったように、どう見ても宗教心があるようには見えない人たちが増えてきた。こうした分布図は、どうも、外国企業が進出して経済発展がめざましいかそうでないかという色分けに、ほぼぴったり重なっているようだ。
[中略]
そうした話のなかで、もっとも印象深かったのは、自分もそうだが、プネーの人を筆頭に、マハーラーシュトラ州の人は、あまり宗教心がなく、世俗のことばかりに熱心だ、という話だ。ちなみにこの人[書籍購入代理業者:引用者注]、階級はバラモン、しかも、幾層もあるなかの最高位のバラモンだ。
マハーラーシュトラ州は、外国企業の進出がもっとも盛んな州だ。だから僕は、そうした傾向は、一九九一年に経済開放政策が打ちだされたからのことでしょうといった。しかし、かれによれば、一九九一年以来、その傾向が一気に強くなったのはたしかだが、もともとそういう傾向は昔からあったそうだ。
[中略]
概して、都市在住の中年ぐらいまでの人は、だいぶん宗教心が薄れてきつつあるようだ。とくに、学生たちは、神などいるとは思えない、輪廻転生なんかは迷信だ、などと公言してはばからない。神信心などしているひまがあったら、せっせと勉強してよい成績をとり、よいところに就職し、どんどん出世して金もちになるよう大いに努めるべきだというのだ。
[中略]
とくにマハーラーシュトラ州の、そのまた都市部の住民たちは、「タイム・イズ・マネー」を文字通りに解し、宗教なんてほったらかし、もうかりまっか的発想で、世俗の利益に目の色を変えて駆けずりまわるようになったのだ。インドの人心は、急速に変化しつつある。
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引用おわり
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経済発展の開始により、自動的に(?!)宗教が衰退する、、、典型的な「近代化論」「世俗化論」を裏書する観察である。
近代化は、ある面、宗教の力の退潮をももたらす(92頁)。
一方、別の見方もある。
経済自由化、経済発展の現代インドで、むしろ「宗教復興」がおこっている、、、という見方だ。
それについては また別の機会に。
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ここまで読んでいただき ありがとうございます。
かなり理論的な問題にご興味のある方でいらっしゃるかと存じます。
こういった問題に関しては、私の別ブログ「Buddhi Prakash」もご参照いただければ ありがたく存じます。
エントリ 「 宗教復興と世俗的近代 」
カテゴリ 「 宗教政治学 」
お時間のあるとき、どうぞお気軽にお立ち寄りくださいませ。
【 近藤光博 記 】
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